フランス領ポリネシアの国旗
国旗に込められた意味
- 赤と白の縞 — 勝利と純潔を表すタヒチ伝統の色
- 中央の紋章 — 5つの島嶼群を表す5人が乗ったアウトリガーカヌー
図案を定める法令は確認できませんでした。 · 1984年採用
この国の見どころ
- 🏝️ ボラボラ島の幻想的なラグーン
- 🏨 エメラルドの海に浮かぶ水上ヴィラ
- 🎨 ゴーギャンが愛したタヒチの風景
- 🌺 香るティアレの花と黒真珠
- 💃 陽気なポリネシアの踊り
基本情報
- 地域
- オセアニア · ポリネシア
- 地位
フランス海外準県
- 人口
- 約282,465人 (2025)
- 面積
- 4,167 km²
- 首都
- パペーテ
- 言語
- フランス語, タヒチ語
- 通貨
- CFPフラン (XPF)
歴史の中のシンボル (4)
歴史上の本拠地が現在のこの国の領域内にある紋章・エンブレムです。

タヒチ王国旗
由来19世紀のタヒチを治めたポマレ王朝が、王国の旗として用いた図案です。1820年代に形が定まり、王国の船や対外交渉の場でタヒチを示す印として掲げられました。タヒチは1842年にフランスの保護領となり、1880年には併合されて王国は幕を閉じました。ここに載せた図は、その配色を現代に描き直したものです。
説明横に三本の帯が並び、上と下が赤、中央が白です。赤い帯の高さは白い帯の半分で、1対2対1の割り付けとなり、広い白地を細い赤が上下から挟む形になります。白地には紋章も図像も一切置かれず、色の並びそのものが王国の印になっています。この赤・白・赤の並びは王国が消えたあとも残り、今日のフランス領ポリネシア旗の下地として受け継がれています。

フアヒネ王国旗
由来フアヒネはソシエテ諸島の風下(リーワード)諸島にある島で、19世紀を通じてタヒチのポマレ王朝には加わらず、独自の王家を保ちました。1840年代にタヒチがフランスの保護領になったあとも、風下諸島は英仏の取り決めによってその外に置かれ、フアヒネは別個の王国として自らの旗を掲げ、19世紀末にフランスへ併合されました。ここに見えるのは、その配色を現代にベクター画で描き直したものです。
説明縦横比3対2の旗を横に三等分し、上が白、中央が濃い赤の帯、下がふたたび白です。紋章も星も文字もなく、赤をどこに置くかだけで旗が成り立っています。ソシエテ諸島で赤は最高位の色で、大首長が身につけた赤い羽根の帯「マロ・ウラ」がこの色でした。タヒチの旗は同じ二色を逆に並べた赤・白・赤なので、隣り合う島の旗をひと目で見分けられました。

ポマレ王家の紋章
由来ポマレ王家は18世紀末からタヒチと周辺の島々を治め、1880年に最後の王が王国をフランスへ譲って幕を閉じました。19世紀のタヒチ宮廷はヨーロッパの宣教師や艦隊と絶えず接するなかで、盾と王冠というヨーロッパ流の君主の標を王家の印として用い、王国の旗にも同じ赤と白が使われました。ここに見えるのは、その標を現代に単色で描き直した図案です。
説明上には赤い王冠が浮かんでいます。冠の上縁は左右の端が丸く大きく張り出し、中央がV字に深く切れ込みます。冠は太い帯一本だけで描かれ、その内側に大きな白い面がふたつ空いており、下は赤い横棒が全体を支えます。頂には小さな球がひとつ十字架を載せています。十字架を戴くこの球は、ヨーロッパの王室図像でキリスト教君主の権威を表す宝珠です。下には赤い縁の内側が白く抜かれた盾があり、その中央に王朝名の頭文字である赤いセリフ体の大文字「P」が大きく置かれ、盾の裾は左右が内へ丸く巻き込んで中央で小さくとがります。

ライアテア保護領旗
由来リーワード諸島のライアテア王国は、白と赤が交互に並ぶ五本縞の旗を用いていました。1880年にフランスがタヒチを併合してライアテアに保護領を敷くと、その五本縞の左上にフランス三色旗が置かれます。1888年に総督が諸島全体をフランスの主権下に置くと宣言し、以後はフランス国旗のみを掲げるよう命じたため、この旗は姿を消しました。この旗は当時の写真に写って残っており、ここに載せた図は古い旗章図譜に載る版をもとに現代に描き直したものです。
説明旗面は上から白・赤・白・赤・白と横に五等分され、赤い帯は二段目と四段目に入ります。左上には縦に紺・白・赤を等幅に並べたフランス三色旗が置かれ、旗の長さの約五分の二と高さの半分を占めて、その外側の縁は細い白い線で赤い帯から切り離されています。三色旗の中央の白が地の白とそのままつながるため、遠目には紺の柱と赤の柱が並び立っているように見えます。五本縞はライアテア王国そのものの印であり、上に重ねられた三色旗は島を手中に収めた国を示しています。